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東京地方裁判所 昭和47年(特わ)1575号 判決 1973年10月02日

被告人 渡部寛

昭二四・五・一〇生 職業不詳

主文

被告人を懲役六月に処する。

この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してある柳刃庖丁一丁(昭和四八年押第九二四号の符号一)登山用小刀一本(同号の二)はこれを没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四七年九月二五日午前六時五五分ころ、東京都港区浜松町二丁目四番一二号株式会社東京モノレールエージエンシー浜松町駅改札口付近において、業務その他正当な理由がないのに、刃体の長さが六センチメートルをこえる刃物である柳刃庖丁(刃体の長さ三六・五センチメートル)一本(昭和四八年押第九二四号の一)および登山小刀(刃体の長さ一三・六センチメートル)一本(同号の二)を携帯したものである。

(証拠の標目)(略)

なお弁護人は、本件において検察官提出の物証の中、柳刃庖丁一本(昭和四八年押第九二四号の一)、登山小刀一丁(同号の二)、夕刊フジ一枚(同号の三)、黒布一枚(同号の四)、チリ紙二束(同号の五)、モノレール乗車券一枚(同号の六)、柳刃庖丁の鞘に用いた紙一個(同号の七)、手提袋一個(同号の八)は警察官職務執行法、刑事訴訟法の手続に違反し、ひいては憲法第三五条第一項に違反する違法、違憲の捜索、差押手続により獲得されたものであるから証拠から排除さるべきであり、また登山小刀鞘一個(同号の九)、柳刃庖丁の紙箱一個(同号の一〇)、ノート一冊(同号の一一)は右違法、違憲の手続により収集された柳刃庖丁等の存在を前提に捜索、差押されたものであり、証人吉越、同御手洗、同川添の本件柳刃庖丁等の所持に関する供述部分もこれらの証拠物の存在を当然の前提としてなされたものであつて、いずれも証拠から排除さるべきものを基礎としているものである点においてそれらが証拠から排除されるものである以上、これ亦証拠から排除されなければならないと主張する。そこで本件柳刃庖丁等の捜索の手続の適法性につき検討を加えておく。

証人吉越和保、同川添茂人の当公判廷における各供述を総合すると、昭和四七年九月二五日田中首相が羽田空港から空路中国訪問の途につくことになつたが前日頃からこれに反対する右翼、左翼の過激派らのテロ的活動が懸念されたので警視庁では管下の警察官を動員して羽田空港一帯、羽田空港へ通ずる高速道路の出、入口、その他主要道路の警戒、警備に当つた、愛宕警察署も都内数ヶ所の警備を受持つたが、モノレール浜松町駅の警備には鈴木中隊長以下吉越警部補を小隊長に制服、私服の警察官が約十名程が配置された、吉越警部補は当日早朝五時五〇分頃から制服姿で他の数名の部下と共に前記モノレール浜松町駅改札口附近にあつて羽田空港方面行のモノレールに乗車しようとする者の中から挙動不審者の発見、違法行為をなす者の検挙等の任務についていたがその間にも携帯無線受令器によつて羽田空港周辺で相当数の右翼グループが警戒線に阻止された旨の情報を入手していた、午前六時五〇分頃吉越警部補は右駅改札口に立つて改札口附近の乗客の動静を観察していると長髪、ジャンパー姿、片方の手にビニール手提袋(昭和四八年押第九二四号の八がそれである)をさげた男(これが本件被告人である)がエスカレーター降り口からモノレール切符売場の方へ向うのに気付いたが何かあわてた様子がうかがえるように思え視線が合うと手提袋を体の前方へ隠すそぶりをしたように思えたので不審を抱き後方から同人に接近したところ右手提袋の口から一センチないし二センチメートルの白い柄の一部分がはみ出しているのを認めたので刃物を携帯していると直感し同人が切符を買い終つて改札口へ向うのをまつて右手提袋から出ている柄のあたりを袋ごと押えながらチョット尋ねたい何処へ行くかと質問したところ、急いでいるからと答えたのみで改札口へ向うとしたが同所は乗客の通路に当つていたので手間はとらせないからといいながら肩に手を掛けて押すようにして出札所脇へ数メーター被告人を移しながら刃物であることを指摘すれば抜きはなつおそれがあると判断したので鋸だろうと問いかけたところ被告人はこれを肯定し羽田に友人を送つた後友人のところで鋸を使う旨説明したのでなおも袋の端あたりを刃物の柄ごと押えたままその提示を求めたところ被告人はこれを拒んだ、このようなやりとりを繰り返すうち同じく改札口附近で警戒に当つていた川添巡査が近寄つて来て手提袋の口から刃物の刃体の部分がわずかに見えたので庖丁だろうと指摘すると被告人は黙してしまつたので更に強く提示を要求して手提袋を引つぱつたところ被告人はこれを拒んで離すまいとしていたがついに手を離したので袋の内容を提示するよう促したが黙したまま提示しようとしなかつた、そこで袋の内容を検すると前掲柳刃庖丁(同号の一)ほか前掲同号の二、三、四、五、七を発見したのでその用途、被告人の氏名、住所を尋ねたが黙して語らないため銃砲刀剣所持等取締法違反被疑者と認めて現行犯逮捕したうえ右手提袋とその内容物を差押え、次いで駅事務室において身体捜索して乗車券(同号の六)を発見、差押えたものであることを認めることができる。

このような本件において右手提袋の内容検査が被告人の逮捕に先だつて行われ、しかも持主たる被告人の明示の同意を得ないままいわば警察官の実力を行使して行われたことは弁護人主張のとおりであるけれども(被告人が手提袋を吉越警部補の方へ差出した、検べてよいかの問いに頷いた旨の被告人の明示の同意をうかがわせるが如き証人吉越、同川添の供述は本件捜索の叙上の如き経過に照してたやすく信用できない)本件は右に認定したとおり、田中首相訪中に際しテロ的活動の防止という限定された明確な目的をもつて、場所を限つて行われた警備中に職務質問を受けたものであり、事実本件の前後に相当数の右翼が警戒線に阻止され緊迫した状況にあつたこと、被告人所携の本件手提袋はその形状、材質からして容易に内容物がその口から観察し得るものであること、吉越警部補は被告人に対する職務質問に入る前から右手提袋の口から柄がはみ出しているのを認めて刃物であると直感し、被告人を犯罪を犯そうとしている疑のある挙動不審者と判断して職務質問に入つたが刃物を抜いて切り掛るなどの危害を未然に防ぐために右刃物の柄ごと手提袋の端部を押えて自らの方へ引き寄せつつ内容物の提示をもとめたもので被告人からこれを拒まれたがその最中手提袋の外側からの感触、形状、手提袋の口からの観察等から刃物が入つていることの確信を得たのでなおもその提示を求めたが応じないので暫く押問答の末これを被告人から引き離し内容物の提示を求めたが黙したままであるため自ら右手提袋の口から刃物を取り出し柳刃包丁であると確認し、更に他の内容物を検査した上、銃砲刀剣類所持等取締法第二二条違反罪の現行犯と認めて逮捕したもので、右は場所を同じくして、短時間の中に職務質問から逮捕に移行する過程において銃砲刀剣類所持等取締法違反罪あるいは殺人予備罪等につき相当の嫌疑ある状態の下で田中首相訪中阻止活動をめぐつて現実に起り得べき殺人事件等の事故を未然に防止すべく行われたものであることなど本件の叙上のような状況に照らし未だ警察官職務執行法第二条にいう職務質問に伴ういわゆる所持品検査としてその適法性の範囲を越えるものとは認めがたい。

以上の次第であるから本件昭和四八年押第九二四号の一ないし八の証拠物はすべて適法に差押えられたものであつて証拠能力あるものと認められるし、その余の同号の九ないし一一の物証、証人吉越、同御手洗、同川添の各供述中弁護人指摘部分についても証拠能力を否定するいわれはない。従つて、弁護人の右主張は容れることができない。

(適条)

被告人の判示所為は包括して銃砲刀剣類所持等取締法第二二条、第三二条第二号に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を主文掲記の刑に処するが被告人も本件につき自己の軽卒な行動を反省していることなども考慮し刑法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。押収にかかる柳刃庖丁一丁(昭和四八年押第九二四号の一)、登山用小刀一本(同号の二)は同法第一九条第一項第一号、第二項によりこれを没収する。訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人の負担とする。

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